時間の空いている間に映画鑑賞などをしています。私の住んでいるところの映画館は安いようで、今まではセントラルへ行っていたので、よかったです。
映画鑑賞するだけでも、香港に住んでいてよいかなって思える部分かもしれません。一人になったら毎日あっちこっちの映画館めぐり・・・これもよいかも。^^;
しかし私は引き込まれる映画と寝ている映画が極端なので、やはり選択して観た方がお金の無駄でないかな。
私は映画が日本語かどうかはあまりこだわらない。決して言葉を理解しているとかの理由ではなく、映像をみているだけで満足できるから。まぁバカと言えば言えなくもない・・・娘にはそう思われています。^^;
それで、娘が横からご丁寧にチッチャイ声で説明してくれる訳です。映像に集中している私としてはそれが結構ウザッティー!なのです。娘はあからさまな言い方をしないで、彼女なりの優しい言い方に変えて、キモッティーとか、いろんな英語と日本語のコラボ言語を私に言ってくるのですが、それがまた日本人特有の創作力で笑えるのです。これ、聞くのが私の楽しみでもあります。^^; しかし、巷で流行っては欲しくない言葉ですが・・・
テレビで携帯言語のキャッチという言葉を聞いた彼女。日本の携帯もPCも使ったことがないので初めて聞いたのですが、このキャッチがすごく受けたようで、違和感の方ですね。外人から見る日本語英語ってのは理解に苦しむのでしょうか。外人が日本語を覚えようとする時はきっと2重の苦しみでしょうねと感じました。
話が飛んじゃいました。ウザッティーなので、映画の後で説明して!ってことに。字幕は漢字なので簡単な文章は言うまでも無く理解できます。話がややこしくなると文章を理解するというよりも、勘です、すべて。(笑
私の場合、耳よりも目が仕事してくれます。それで娘が言うのです。漢字で意味ほとんど分かるでしょ?って。ふざけるなっティー!!日本人が漢字見てすべて意味が分かるとしたら・・・誰も苦労しないではないか???香港の新聞購読すればすべて意味がわかるではないか・・・
ショックでした。娘は漢字の意味(日常的な漢字ね)ほとんど分かるよ、と言うのです。ちょっと信じられない。それは英語がわかっている人が、同時に字幕を見てるから分かったように錯覚しているだけではないの?などと持論をぶっつけました。
しかし娘とあっちこっち行ってると、広東語の看板やnoticeをすべて説明してくれます。言われれば確かに娘の訳どおりに思えるのですが、私がまったく一人で訳すると、きっとこうかこんな感じかなぁ、という具合にしかなりません。
その知識どこから来たの?不思議です。上の娘は学校時代の友達ともよく広東語で会話していたので不思議ではないのですが、下の娘は香港人お友達とも英語オンリー。しかも広東語をしゃべることをものすごく嫌がっていた。しかし、漢字だけは得意なので香港人お友達にはよく教えていたなぁ。小学2年までの日本暮らし、完璧?でしたね。(笑
タイへの旅行ではお友達も毎日の生活に英語を使用しません。よって娘も広東語を話す羽目になりましたとさ。(^.^)v
例えば、買い物で値切る商談のときは、まず全員広東語で値切ってもらうための最善の策をその場で相談します。行動の演技も示し合わせて、いざ行動。いやいや香港人、ほんとに面白い。お家がお金持ちでも行動は香港人。まぁ学生の身分なので当然かもしれませんが。貧乏でもケチらない日本人の私は・・・旅行に行ってまで値切って買い物しようとは思いません。^^;
こんな風に、深くなる話については香港人はやはり広東語です。広東語で話すということは限りなく香港人と親しくなれるのです。上の娘はこれで香港の噂話の仲間に入れたみたいです。
日常会話は聞いてほとんど理解している広東語ですから、話すきっかけがあればすぐに上達しそうです。なのにもうすぐアメリカ。残念でした・・・
でも彼女たちを見ていると思うのです。言葉って使ってなんぼの世界じゃないのかと。必要不可欠な場所で、しっかり努力、集中しなければならない状況のときにやるのが、最短の効果があるのではないかと。
上の娘は日本の小学4年の時にはすでに高校の国語レベルの理解力がありました。ですからアメリカのローカル校で英語オンリーになっても絶対に日本語が落ちることはないだろうと思っていたのです。ですが、徐除に日本語が英語に置き換わっていきました。これは予想外でしたが、年齢的に考えると普通のことなのだと思います。これが夏休み、長期の休みに入るとまた復活するのです。それは家庭の中で日本語一色になるから。使うと復活する、使わないとすぐに忘れる。この繰り返しです。それにフランス語、広東語も加わって。使い始めるとすぐに上達しますが、使わない言語は忘れていく。結局日本語でも熟語などは読み方が音読み訓読みごちゃ混ぜになって、正しい読みは忘れていくのです。そして単語も。
現在、医学部2年。この2年間の英語の上達ぶりはすごいです。これは発音がですね。今は日本語が母語とは言えない状態かもしれない。ちょっとさみしいけど、将来的にも日本語を必要とする可能性はゼロに近い。今も新しい英単語が相当数出てくる毎日なのだと思います。病棟では患者さんと接するそうですが、老齢の言葉をはっきりと発することもできない状態の患者さんと対話する時などは理解するのに必死なのだそうです。医者が患者の言葉を聞けないのじゃお話なりませんものね。医学英語に埋もれて、さらにプレゼンやらなにやらで日本語なんていらない状態なもんですから、最近なんて簡単な日本語も英語になっちゃって・・・私にも普通に英語で、しかもオージー英語で話す・・・私は恐怖ですよ。=_=;;‘
それで考えたのは、高校卒業以降大人になってから英語環境に入っていくのが、真のバイリンガルに最短の道ではないかと。日本語と英語を完璧に書き、訳すためには学生時代に日本で学ばなければ不可能ではないかと思われます。大人になってから日本へ帰って日本語を完璧にするのもありですが。日本語を忘れる心配がないのは、やはり大人になってから英語環境に入った場合なのだと思います。発音はそれほど重要視することもないと思いますので、通訳などを目指すのならば、やはり大人になってから英語を話せるようになることで十分ではないかと思うのですが。
日本へ戻らない限りは日本語を忘れてくださいって感じに思っています。新しい専門英語を覚えていくためには忘れることも必然です。必要になったときにまた勉強してください。医学も音楽も初めて出会う言葉が沢山あるでしょうから。